介護ニュースレター

Vol.33: 介護支援専門員や相談員、介護老人保健施設の説明義務違反 による損害賠償を認めた裁判例

2025年5月 Legal Care News Vol.33 PDFで見る

介護老人保健施設の介護支援専門員等が、入所者から利用料金の負担軽減の相談を何度も受けながら、食費及び居住費の支払いを自己負担額に限定できる介護給付申請制度の説明を怠ったとして説明義務違反による過失を認め、不法行為に基づく損害賠償額(過失相殺3割)の支払いを使用者である施設運営者に命じた裁判です(東京高等裁判所令和3年10月27日判決)。

1、事案の説明

2016年6月、96歳の要介護者Xは、医療法人財団Yが運営する介護老人保健施設と利用契約を結び、2017年5月から入所しました。Xの代理人である娘Aは、低所得であったため、介護保険負担限度額認定制度という所得に応じた自己負担軽減制度の利用を希望し、Yの介護支援専門員BとCに何度も相談しました。
しかし、Y側はこの重要な制度について説明をせず、結果としてXは2016年6月から2019年2月までの間、自己負担額の軽減を受けられずに料金を支払いました。
この事案についてXはYに対し、説明義務違反による損害賠償を請求しました。東京地方裁判所は、介護保険法第96条が施設運営基準を定めたものであり、説明義務の根拠にはならないとして請求を棄却しました。
しかし、東京高等裁判所はこの判決を破棄し、Yの責任を認めました。高裁は、Yに対し過失相殺を考慮した上で約126万円の損害賠償支払いを命じました。

2、判決のポイント

介護支援専門員が持つ情報優位性に基づく説明義務の存在を認めた点にあります。
介護支援専門員は制度内容を熟知しており、低所得の被保険者にとっては生存権保障に関わる重要な情報を提供すべき立場にあると判断されました。
契約締結時に費用負担軽減制度に関する相談を受けた場合は、信義則に基づく付随義務として説明義務が生じるとされ、さらに、介護保険法の理念や高齢者福祉の社会的要請からも、専門職には積極的な配慮が求められるとの指摘があります。
法的な責任の構成については、不法行為責任と債務不履行責任の双方が認められました。特に契約上の信義則に基づく説明義務違反を不履行責任として認めた点に注目されます。過失相殺については、重要事項説明書に制度の記載があったことや自治体への相談可能性があったことを理由に3割減額されました。

3、この判決の意義

高齢者施設の入居契約において、契約外の公的制度に関する説明義務を明確に認めたものです。介護支援専門員の役割を単なる契約手続きの補助から、低所得高齢者の権利擁護を含む積極的支援へと位置付けています。
また、介護支援専門員としての個人的な説明義務、介護老人保健施設の説明義務とが重複することになります。
従業員である介護支援専門員の個人的不法行為に対する使用者責任を認め、また、施設自体の説明義務につき、従業員をして説明をさせることを怠った法人自体の義務違反(不法行為)が成立するとしました。また、法人には信義則上の義務違反として、債務不履行責任も認められています。
事業者側には、低所得者の経済的負担軽減制度は重要事項に該当し、相談がなくても収入状況が把握できる場合は積極的に説明すべき義務があることも示されています。
介護支援専門員は、重要事項説明書への記載だけでは不十分であり、利用者や利用者の家族に対して個別の所得状況に応じた具体的な経済的負担軽減制度の説明が求められています。
介護支援専門員への研修体制の整備や相談対応マニュアルの作成、記録管理の強化などを介護事業者への課題とした判決といえます。

弁護士法人リーガルプラス代表弁護士 東京弁護士会所属
谷 靖介(たに やすゆき)
石川に生まれ、東京都三鷹市で育つ。1999年明治大学法学部卒業、2004年弁護士登録。日本弁護士連合会の公設事務所プロジェクトに参加し、2005年、実働弁護士ゼロ地域の茨城県鹿嶋市に赴任。翌年には年間500名以上の法律相談を担当し、弁護士不足地域での法務サービスに尽力する。弁護士法人リーガルプラスを設立し、複数の法律事務所を開設し、介護医療事業への法務支援に注力。
自治体の介護研修講師を務めるなどの講演経験や介護法務に関するメディア出演も多数。

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